写真集の作り方、その1。写真集を作る目的と出版業界での写真集の立ち位置について。

 この記事は、商業的な本を出版するときのことを書いていますので、内容が少々マニアックです。一般の方には、あまり参考にならない記事かもしれませんので、あらかじめご了承ください。

写真集の現状

 さて、冒頭からこんな話をするのもなんですが、写真集の企画を出版社に持ってゆくとあまりいい顔をされません。「写真集=つまらない」という認識が出版社にも読者にも広がっているからです。試しに本屋さんに行ってみてください。小さな本屋さんに写真集の棚はありません。大きな本屋さんでも入り口から一番遠いところが写真集の定位置です。

この状況をなんとかしたい。
 売れる写真集がいっぱい出てくれば、世の中の写真に対する認識も変わるだろうし、写真家の地位向上ができるかもしれない。写真が無料だと思っている人もいるし、写真家=趣味人だと思っている人もいるからね。ただ、初めて写真集を出版しようとする場合、出版社に企画や写真を持ってゆくこと自体、ハードルが高い。そもそも、出版ってどうなっているかさっぱりわからない。これじゃ、前に進まない。そこで、一写真家の立場で経験した写真集の製作過程をお伝えすることにしました。

 それでは、まず現状の把握です。商業的な出版物の最低刷り部数は、一般的に3000部と言われていて、これは、写真集でも同じなのですが、そのたった3000部でさえもなかなか売れないのです。しかも写真集は、製版や印刷にコストが掛かるため、出版社にとってリスクの高いものだと思われていて、本屋さんに並んでいる写真集の中でも、著者が多数を買い取ることが前提だったり、印税が非常に低いなど、契約内容が自費出版に近い契約になっているものも含まれていると聞いています。私の場合、印税は6%〜10%です。本当は、全て10%にしたいところですが、条件を高くしたばっかりに本が出せなくなってしまってはいけませんので、どこかで妥協点を見つけなければいけません。初版の刷り部数は、3000部〜5000部くらいです。これは、一般的な数字です。また、自分で企画した写真集5冊(含共著)のうち4冊が増刷、全著作物8冊では5冊が増刷となっています。

なぜ写真集を作るのか?

 現状では、写真集で利益を上げるのは、なかなか難しい状況です。私の場合、印税から取材に使った経費を引いても多少残りますが、これは撮影に行く日数が少ないからであって、取材日数が多いとか遠くまで行かなければいけない企画であれば、赤字です。じゃあ、なぜ作っているのかというと、理由はいくつかあります。

1)伝えたいことがあるから
 これは、大前提。何を誰に伝えたいのかが重要で、それがなければ、ただの自己満足にすぎません。

2)撮影するためのきっかけづくり
 私の撮影は、誰かに許可を得なければ撮影できませんので、撮影させていただくため理由が必要になります。写真集製作は、その理由として最適なのです。撮影した写真は、自分の講演やウェブサイト、SNSでも使うのですが、取材先に「SNSに使いたいので撮らせてください。」と言ってお願いするのでは、撮影しなければいけない理由としてはちょっと弱い気がします。取材先がメリットを感じないからです。それに、私自身も最終的な目標が定まっていないと、どうやって撮ればいいのかわからないので、写真集の製作を目的にするのは自分のためでもあります。

3)写真にストーリーを与えるため
 今は、SNSなどで発表することも簡単にできるのですが、写真集という形態を設定することで、一連の写真にストーリーを与えることが出来ます。つまり、最初から100枚以上の写真を使ったストーリーとして撮影しておけば、写真展をする時でも、SNSで発表する時でも、その100枚の中から用途に合わせて選ぶだけで対応できるのです。反対に、目的もなくバラバラに撮影した写真を後からまとめようとしても、うまく行きません。

4)大掛かりなプレゼンテーションとして
 写真は、撮影して終わりというものではなく、多くの人に見ていただいてこそ、その価値が出てきます。また、多くの人に見ていただくことで撮影者の認知度も上がって行きます。確かに写真集自体は、数千部しか売れません。ただ、写真集を出すことによって新聞や雑誌、テレビなどで扱っていただく機会を得ることが出来、波及効果として万単位の人に写真を見ていただくことが可能です。もちろん、これは!という相手には名刺がわりに渡しちゃってもいいと思います。

5)自分自身のブランド構築
 今は、機材が良くなって、誰でもそこそこの写真が撮れるようになっていますから、昔のように技術があるからといって仕事をいただける状況ではありません。私は、依頼をいただいて撮影することも仕事のひとつにしていますから、お客様となっていただく方たちに選んでもらうための理由を積極的に提供しなければなりません。写真集を作ることで「自分は、こういう写真を撮っています。」と伝え、その内容が差別化出来ていれば、選んでもらう理由にもなるわけです。差別化やクオリティーは、出版社に企画を通すときも、読者に本を買っていただく時も必要ですから、きちんと売れる写真集を作ることができれば、自然とブランド構築ができてゆくと思います。

写真集が売れない原因

 さて、写真に興味を持っている人が多いのに、なぜ写真集は売れないのか?これは、私の個人的な想像ですが、現状で出版社や読者から写真集が「つまらない」と思われている原因は、過去に商業的な出版に向いていない写真集まで、商業的なものとして本屋さんに並べてきた結果なんじゃないかと思っています。今は、オンデマンド印刷もありますし、手作りの写真集を作る方もいらっしゃいます。何でもかんでも商業出版ということではなく、写真の内容によって、最適な方法を探る必要があると思っています。また、商業出版を目指すのであれば、撮影する前の企画段階からそれに適したものにする必要があるのだと思います。

・この文章は、「写真集の作り方、その2。企画書の書き方と出版社との交渉について。」に続きます。

以上、写真家 西澤丞の悪戦苦闘でした。