写真集の作り方、その2。企画書の書き方と出版社との交渉について。

この文章は、以前投稿した「写真集の作り方、その1。写真集を作る目的と出版業界での写真集の立ち位置について。」の続きです。

売れる本を作ろうと思ったら、エロ、食、損得、不安を煽る内容、不安を解消する内容などをテーマにするのが、近道だと思います。でも、そんなのばっかりじゃ面白くありません。それ以外のテーマで作りたいときは、どうすればいいのでしょうか?



私は、何十万部も売れるような本を作ろうとは思っていませんが、読者と出版社、取材先、関わった全ての人が「関わってよかった!」と思えるような本を作ろうと思っています。ここでは、そんな写真家が考える写真集の企画書について書いてみようと思います。

私の場合は、写真集を作るときの企画書は2種類用意します。出版社に出すものと取材先に出すものです。写真集の場合、ある程度写真が揃ってからでないと出版社に企画を検討していただけないことが多いので、撮影をするために取材先に出す企画書が先に必要になります。私の撮影では、勝手に撮影できるところは、ほとんどないからです。内容については、それぞれ以下のようなことが重要だと思っています。

取材先に出す企画書の場合

大事なのは三つ。

・取材先のメリット。
・取材先の不安を解消する方法。
・撮影者の実績。

どういう本になるかという説明は、それほど詳細に書かなくてもいいと思います。心がけているのは、窓口の人が「この企画を断ったら、バカだと思われるんじゃないか?」とか「これは、いい。早く上司に見せよう。」と思ってくれる内容にすることです。取材の受け入れに慣れていない団体の場合、取材の受け入れは余分な仕事であり、リスクが増えるだけですので、断る理由を探そうとします。それを1枚の企画書で打ち破らなければいけないのです。ですから、窓口の人の心が動くような「泣ける企画書」を書くように努力します。また、窓口の人だけではなく、上司や現場の人、社長さんなどが見ることも想定し、誰が見ても納得できるようなものにしなければいけません。

出版社に出す企画書の場合

こちらは以下の3点を中心に書きます。

・誰に買ってもらいたい本なのか。
私の場合は、高校生の時の自分に見せたら「欲しい!」と思ってくれるようなものを作るようにしています。わかりやすくてかっこいいやつです。ただ、写真集を買う高校生というのは、マーケットとしてあまりにも小さそうなので、企画書には書きません。実際の企画書には、その高校生が大人になったような人をターゲットにしています。つまり映画やイラストなど、かっこいいビジュアルが好きな人、ゲームや映画、アニメなどの製作に関わっている人を考えています。実際に映画の関係者から問い合わせをいただくことがありますので、これはきちんと伝わっているようです。第二のターゲットとしては新しいものが好きな人、色々なところに見学に行くような好奇心の強い人たちです。そのような方には、本を出すことで今まで知らなかったことを知ってほしいと思っていますし、実際に現場に見学に行ってほしいと思っています。
それから、企画を考えるときに必要なのは、自分のことはちょっと横に置いておく気持ちです。「自分が作りたいから作る」ではなく「読者が喜んでくれるものを作る」。普段、人と話をしているときも「自分が、自分が」なんて言っている人の話なんて聞きたくないですよね。本を作るときも一緒です。どうやったら読者が喜んでくれるのか、それを第一に考える必要があるのです。

・どんな体裁の本にしたいのか。
 写真は、多くの人に見ていただいてこそ価値が出ると思っていますので、できる限り低価格で作ることを考えています。また、気軽にカバンに入れてもらって、学校や職場、家などで、みんなで見るといったシーンを想像していますので、A4くらいの大きさでソフトカバーという仕様で作ることが多いです。B5くらいの大きさですと、私の写真をご覧いただくには、ちょっと小さいかなと感じていますし、ハードカバーでは気軽に持ち運べる感じではなくなってしまいます。

・出版社の不安を解消する内容を書く。
「この人の本なら売れそうだ。」と思ってもらえるような要素を書きましょう。著者がすでに有名であれば問題ないのですが、そうでなくてもSNSのフォロワーが沢山いるとかであれば、非常に有利です。誰しも具体的な数字には弱いからです。また、世の中の動きとリンクしている内容であることも大切です。世の中の多くの人が関心を持っているようなテーマであれば、その分、手に取っていただける確率が上がります。ただ、写真集の場合、企画書の内容も大事ですが、やはり写真の良し悪しが重要になってきます。出版社さんや編集さんにも得手不得手、好き嫌いがありますので、気になった写真集があったら、出版社や担当編集者をチェックするのも有効だと思います。

これらの内容をA−4サイズ1枚におさまるようにまとめ、PDFデータでお送りします。必要であれば、資料を添付したり、別途発送する流れで進めています。出版社に企画を検討してもらうと、何回かの会議を経て決定するので、何ヶ月もかかることがあります。私の場合、何ヶ月も待ってダメだとわかってから次を探すというのが、時間の無駄に思えて仕方がないので、知っている編集者には、同時に企画書をお送りしています。もちろん「他社さんにもご検討いただいています。」と書き添えた上で、です。初めての場合は、1社ずつお送りする方が無難かもしれませんが、編集さんが引き出しで寝かせておくこともあるそうですので、レスポンスがない場合、その理由の見極めが難しいかもしれません。

出版社との交渉について

 出版社さんに企画書を持って行くと、交渉しなければいけない場面も出てきますので、私が経験したことを書き出してみます。ただし、これは、あくまで私の経験であって、全てに当てはまるわけではありません。そんなこともあるんだ、くらいに考えてください。

・判型について
 人間の視野は横方向に広いため、写真も横位置の方が自然に見えます。私は、あまり作意を前面に出したくないので、撮影する写真も横位置が多くなっています。ですので、その写真をきちんと見せようとすると本の判型も横長になってしまいます。ですが、編集さんによっては、縦の判型でないと売れないとおっしゃる方もいらっしゃいます。ただ、実際は、無理に縦の判型にすると、見開きでレイアウトすることが多くなり、写真の真ん中にページの継ぎ目がきてしまって写真が見辛くなって読者には不評です。それに、実際の売り上げも縦の判型だから売れるというものでもないようです。もちろん、縦位置の写真が多いとか1ページにたくさんの写真をレイアウトするのであれば、縦の判型でも問題ありません。

・書店のPOSデータについて
 編集さんによっては、書店さんのレジの売り上げデータ(POSデータ)をもとに販売の予想を立てる方がいらっしゃいます。ただ、私の本が特殊なのかもしれませんが、私の本は書店以外でも売れています。図書館さんもたくさん買ってくださっていますし、取材先の方々もたくさん買ってくださっています。本によっては、図書館さんだけで1000冊とか、取材先や関係者だけで1000冊といった具合です。両方とも書店さんの流通経路とは違いますので、書店さんの売り上げデータには現れません。「君の本は、どこで売れているの?」と言われることがありますが、本は、何も書店さんだけで売る必要はないのです。欲しい人、必要としている人に届けばいいのです。また、編集さんの中には、「図書館に売れると買ってくれる人が減るからダメ。」という方もいらっしゃいます。でも、本当にそうでしょうか?本の存在を知ってもらうという意味では、すぐに返品されてしまう書店よりも図書館の方がいいのかもしれません。実際、高校の図書館で私の写真集を見つけたという方がサイン会に来てくださったことがあります。また、本当に欲しい本であれば、手元に置いておきたくなる。つまり購入してくださるのではないかと思います。

・この文章は、「写真集の作り方、その3。写真集の構成から完成までの工程について。」に続きます。

以上、写真家 西澤丞の悪戦苦闘でした。