核融合の研究とは?研究の説明と研究施設の紹介。核融合に関する広報について。

はじめに

 2008年に初めて核融合の研究施設に見学に行ってから、核融合研究の意義を多くの人に伝えたいと思って、独自の広報活動を始めました。各研究所に撮影許可をいただき、2010年に写真集を出したのですが、その写真集を出してからかなり時間が経ってしまったことと、このウェブサイトでは記事として紹介していなかったことに気づき、改めてまとめてみようと思いました。
 また、この活動は、「フリーランスの写真家が、写真を発表しただけ」であるにも関わらず、かなりの広報効果を上げていますので、記事の後半では、広報効果の具体例を紹介しています。何かを伝えたいと考えている方に写真の「伝える力」を知っていただきたいと思いますし、フリーランスの地位向上にも寄与したいと思っているからです。

 では、まず核融合の研究について紹介しましょう。

核融合科学研究所 大型ヘリカル装置の内部 2009年2月撮影

核融合って、何?

 現在、日本を含めた国際協力によって核融合の実験施設「ITER(発音は、イーター、ラテン語で『遠くに続く道』のこと)」が、フランスで建設されています。ただ、多くの人にとっては、「核融合って、何?」ってことだと思いますし、国内で研究が行われていることもご存知ない方が多いと思います。そこで、核融合研究のざっくりとした内容と、それを研究している施設について紹介します。

研究の目的

 さて、各施設を紹介する前に、そもそも核融合を何のために研究をしているかということをお伝えする必要があると思います。ITERを含め、ここで紹介する研究施設での研究は、核融合を起こして、そのエネルギーで発電することを目指しています。将来的には、海水から取り出した重水素と三重水素という物質を燃料として使うため、実現すれば、ほぼ無尽蔵のエネルギーを手に入れる事になり、日本のように資源の少ない国とっては、非常に重要な研究です。

那珂核融合研究所 建設中のJT-60SA 2017年7月撮影

核融合発電の特徴

 核融合発電には、簡単にまとめると以下のようなメリットとデメリットがあります。

核融合発電のメリット

 先にも書いた通り、燃料は海水から取り出しますので、ほぼ無尽蔵です。そして、二酸化炭素を排出しません。また、核融合は、反応を維持することが難しく、装置に不具合などがあれば、反応が止まってしまいますので、「暴走」ということはありません。

核融合発電のデメリット

 核融合に使う燃料のうち三重水素は、私たちの体の中にも微量に存在する物質ですが、放射性物質ですので、きちんとした管理が求められます。また、炉などの装置は、放射化されてしまいますので、解体時には低レベル放射性廃棄物が発生します。これは、100年程度の管理が必要になるレベルです。

 日本では、名前に「核」がつくと、イメージだけで条件反射的に危ないものだと認識されてしまいがちですが、きちんとメリットとデメリットを考えることが大切です。研究の詳細や特徴などについては、各研究施設や関係省庁のウェブサイトに詳しく書かれていますので、ぜひ、ご自身で調べてみてください。

大阪大学レーザー科学研究所 機器の洗浄の様子 2009年10月撮影

核融合で発電するための課題

 課題は、大きく分けて三つあります。
 一つ目は、反応を維持させるための技術。核融合反応を起こすためには、燃料を気体よりも活発な状態であるプラズマの状態にし、超高温を維持しなければいけません。超高温を維持しつつ、閉じ込めておくことが求められるため、プラズマの挙動に関する知見と制御するための技術開発が必要です。
 二つ目は、反応で出たエネルギーを効率よく利用するための技術。エネルギーは、中性子というものになって出てきますので、それを受け止め、運動エネルギーを熱エネルギーに変換する必要があります。その変換の方法やそれに使う材料などの開発も行わなければいけないのです。
 三つ目は、装置の保守点検に関すること。一度動き出した装置は、放射化してしまうため、保守点検は遠隔操作で行わなければいけません。そのためにロボットなども開発する必要があるのです。

筑波大学プラズマ研究センター 真空容器のプラグバリア部 2009年4月撮影

研究の進捗について

 核融合炉は、研究の段階ごとに、以下のように分かれています。

実験装置

 ここで紹介する研究施設は、すべてこれに該当します。

実験炉

 国際協力で建設中のITERは、ここに相当するものです。高温高圧のプラズマを維持できるかどうかから始まって、各装置の作動状況、炉に投入した電力に1に対して、出てくる電力を5〜10に出来るかどうかの実験を行う予定です。

原型炉

 安定した出力の維持や保守点検などの技術を確立する段階です。同時に、商業発電に向けた経済性の見通しを得ることも、この段階の目的です。

商用炉

 実際の発電設備としての炉です。

研究施設の紹介

那珂核融合研究所

 核融合を起こす際に必要なプラズマを作るには、いくつかの方法があるのですが、ここではドーナツ状の容器の中で磁力によってプラズマを閉じ込めようと研究が行われています。数年前までは、JT-60という装置を使っていたのですが、コイルを超伝導化した次期モデル、JT-60SAが2020年3月に完成し、現在は、プラズマ着火に向けて動作確認などをしているところです。また、ドーナツ型の閉じ込め装置には、ヘリカル型とトカマク型の二種類の方式があって、JT-60とJT-60SAは、トカマク型の装置です。

JT-60です。これを撮影したしばらく後に、解体されてしまいました。2009年7月撮影。

建設中のJT-60SA。画面の中央にあるドーナツ状のものが、プラズマを閉じ込めるための真空容器です。JT-60SA は、ITERと連携して研究を進めるために建設されました。2015年11月撮影。

真空容器の中です。内部に入ることは許されませんでしたので、計測機器や加熱装置が取り付けられる予定になっている穴の部分から撮影しました。2016年5月撮影。

真空容器を完全に繋げてしまうとコイル(全周360度で18個)を取り付けられなくなってしまうので、このようにコイル1個分に当たる20度分の隙間が空いていました。2018年4月撮影。

真空容器は10分割(40度分×7個、30度分×2個、20度分×1個の計10個で360度)で作られていて、これが最後の一つ、20度分の部品です。真空容器の断面は、Dの字のようになっていて、最後の一つは、コイル一個とセットで取り付けられました。2018年4月撮影。

那珂核融合研究所では、ITER建設の日本分担部分として保守点検用のロボットアームの研究も行われています。2009年7月撮影。

こちらは、ITER用の超伝導コイル導体を試験する施設です。2009年8月撮影。

核融合科学研究所

 この研究所でも、プラズマを保持するためにドーナツ型の装置を使っていますが、磁場を形成するためのコイルがねじれているヘリカル型の装置となっています。

核融合科学研究所で使われている大型ヘリカル装置(LHD)の外観。中央の円形の部分の下に真空容器があります。また、そこから手前に伸びている薄い緑色の装置は、中性粒子入射加熱装置(NBI)と呼ばれるもので、プラズマを加熱するための装置です。2009年2月撮影。

大型ヘリカル装置の内部です。コイルがドーナツの形に沿って、らせん状に配置されているため、独特の形状になっています。また、装置の内側に保護パネルがボルト留めされていますが、これは、真空容器の複雑な形状に合わせて、保護パネルを分割して取り付ける必要があるからです。2009年8月撮影。

プラズマの素となる水素を氷にして投入する装置の一部。2017年から重水素による実験を行っていますので、現在は、重水素の氷も投入することができます。2009年8月撮影

超伝導のための装置の一部。大型ヘリカル装置では、コイルに電気を流す際に超伝導の技術が使われています。電気を流す金属を極低温にすると抵抗が0になり、大きな電流を流すことができるようになるのです。2016年2月撮影。

筑波大学プラズマ研究センター

 ここでは、タンデムミラー型の実験装置、ガンマ10を使った実験が行われています。タンデムミラー型は、円筒形の容器の口の部分を、磁力でふさいだようなイメージです。また、プラズマを加熱する装置に関しては、核融合科学研究所と一緒に研究をしています。

ガンマ10の全景。2009年8月撮影。

真空容器の内部。2009年8月撮影。

大阪大学レーザー科学研究所

 ここでは、燃料の圧縮と加熱にレーザーを使うレーザー核融合と呼ばれる方式の実験をしています。ここにある実験装置「激光XII号レーザー」は、レーザーを多数の方向から燃料に当て、あらかじめ燃料を圧縮しておいてから、最後に別の1組のレーザーで加熱・点火させる高速点火方式をとっています。なお、撮影した2009年時点での施設名称は、大阪大学レーザーエネルギー学研究センターでしたので、写真を収録した写真集「Build the Future」では、そちらの名称で掲載しています。

激光XII号レーザー装置の光源部分。光源部分は、拍子抜けするくらい小さいです。2009年10月撮影。

激光XII号レーザーの増幅部分。緑色のパイプの中には、巨大なストロボが仕込まれていて、レーザーの強度を上げてゆきます。レーザーを打ち込む瞬間は、全世界の電力の1000倍のパワーになるそうです。2009年10月撮影。

燃料にレーザーが照射されるターゲットチャンバー室。何本ものレーザーが1箇所に集中します。最後に打ち込まれるレーザーは、左側に写っているストライプの装置から照射されます。2009年10月撮影。

燃料ペレットの製作風景です。2009年10月撮影。

勝手に広報。その結果は?

一人で広報活動を始めたきっかけは?

 未来のエネルギーとして期待される核融合ですが、研究を進めるためには、その目的や意義を、多くの人に知っていただく必要があります。ところが、私が興味を持った2008年ごろは、「核」の文字からくるイメージによって誤解をしている人が多かったため、「これはまずい!」と思い、各施設に撮影の許可をいただいて、一人の写真家として可能な範囲での広報活動を始めました。私は、写真家ですので、詳細な説明をすることは出来ませんが、興味を持っていただくためのきっかけくらいは作れるのではないかと思ったのです。

で、その結果は?

 自分の主観だけでお伝えしても、それは自己満足に過ぎませんので、以下に第三者の評価を経て世の中に発信された事例を挙げてみます。

2010年に写真集「Build the Future」(太田出版)を発売しました。核融合や加速器に関わる施設を中心に紹介した写真集です。ここで紹介している施設は、4ヶ所とも掲載していますが、この記事に使っている写真は、写真集発売後に撮影した写真もありますので、写真が全て同じという訳ではありません。

写真集を発売したことにより、週刊誌をはじめとした多数のメディアで紹介していただきました。新聞の書評などでも扱っていただきましたので、写真集の発行部数が数千部でも、波及効果として何十万人もの人が写真を見て下さったことになります。

2016年、当時、JR新宿駅前にあったコニカミノルタプラザからご要望をいただき、企画展として個展「立入禁止の向こう側」を開催しました。会場では、ここで紹介した四つの研究施設を含め、様々な日本の現場を紹介しました。こちらも新聞やウェブメディアなどでご紹介いただき、会場では、1万人以上の幅広い年齢層のお客様にご覧いただきました。

テレビでは、私の活動を紹介する流れの中で、核融合についても紹介していただきました。全国放送の3つの番組で紹介していただきました。

2018年から高校物理の教科書に大型ヘリカル装置(LHD)の写真を、使っていただいています。次世代の方に核融合について知っていただくことは、認知度向上に大きく寄与するものだと考えています。紙面は、株式会社 新興出版社啓林館より提供。

2018年、スペインにあるバルセロナ現代美術館の「IN THE OPEN OR IN STEALTH」展で展示されました。きちんとした写真であれば、その写真は、世界の人に見てもらえるのです。また、撮影してからかなり時間が経っていますが、きちんとした写真は、時間の経過によって価値が下がるといったことはありません。新鮮さが無くなったとしても、記録としての価値が高くなってゆくからです。

最後に

 未来は、日々の暮らしの中で様々なことを選択していった先にあるものですので、間違ったイメージや思い込みだけで選択を続けてゆけば、間違った未来を手繰り寄せてしまいます。しかし、これまでの日本は、「言わなくてもわかる」とか「自分の仕事を自慢するのは恥」といった考え方が受け継がれて来たせいか、良い仕事をしていても、その内容を伝えることに関して消極的だったように思います。結果として、実際とは異なるイメージが流通していたり、仕事によっては、その存在さえ知られていなかったりしています。それでは、あまりにももったいないし、未来のことを考えると危険でさえあります。
 ここでは、核融合の例をご紹介しましたが、私の役割は、単に写真を撮ることではないと考えています。写真は、伝えるための手段に過ぎないのです。私のやるべきことは、広報において最も難しい、「興味を持っていただくためのきっかけ作り」です。そして、伝えなければいけないのは、私たちの暮らしを支えている仕事、日本や世界の未来につながる仕事です。フリーランスの立場ではありますが、写真の「伝える力」を使って、認知度向上など、できる限りのことをやっていきたいと考えています。
 なお、記事中の核融合の研究に関する部分と施設の説明に関する部分は、各研究施設のみなさまにご確認いただいた上で掲載しています。ご協力いただいたみなさま、ありがとうございました。

以上、写真家 西澤丞の悪戦苦闘でした!