写真家の撮影費。その根拠や算出方法について。

はじめに

 依頼主に撮影費の見積書を見せた時に「高いね〜。」って言われたこと、ありませんか?私も写真家として独立したばかりの頃、「君のギャランティーは、僕の日当より、かなり高いよね。」と言われたことがあります。そこで、今回は、撮影費を算出する時の根拠や依頼主が撮影費を高いと思う理由について考えてみます。撮影費の根拠をうまく説明できない若い写真家(フォトグラファー、カメラマン)さん、撮影の依頼をしたくても相場が分からず困っている人の参考になれば、うれしいです。

日当=撮影費?

フリーランスと会社員の立場の違い

 「君のギャランティーは、僕の日当より、かなり高いよね。」と言われたことの根っこには、依頼主である会社員の方が、ご自身の日当とフリーランスの撮影費との違いについて、ご理解いただけていなかったことがありますから、その違いについて考えなければいけません。
 まず、大きく違うのは、会社員の方の日当が、文字通り日当(利益)であることに比較し、写真家の1日分の撮影費は、成果物である写真の価格であるということです。BtoB企業のように個人を顧客に持たない団体や他と競争する必要の団体では、広報の担当者が、他の部署から異動で来ていることがあり、その場合、この違いを理解していただけていないことが多いようです。
 さて、このような方に対して、どのように説明すれば、ご理解いただけるのでしょうか?手始めに会社員さんの日当から見てゆきましょう。

会社員の場合

 ここで取り上げる会社員の代表を、製造業の営業Aさんだと仮定します。Aさんは、営業ですから実際に物を作っている訳ではありませんし、研究開発や経理、配送などの仕事をする訳ではありません。社長としての仕事をする訳でもありませんし、トイレの掃除もしないでしょう。つまり、Aさんが売っている商品には、Aさんの給料以外にもたくさんの人の給料が乗せられているのです。また、商品の価格には、原材料費、宣伝費、賃貸料、水光熱費、機材の減価償却費などが加わることになります。ですからAさんが1日に売っている商品の値段、つまり、Aさんの1日の売り上げは、Aさんの日当の何倍もの値段になっているはずです。
 また、Aさんの日当を、仮に算出してみましょう。年収800万円(ボーナス、諸手当、年金、税金などを含む)だとします。実際に働いている日数は、1年365日から働いていない日(週休2日、祝日休み、年末年始や夏の休日、有給分、研修)などを引くとざっくり200日くらいでしょうか?ということは、1日あたり4万円程度ということになります。異論があると思いますが、あくまでざっくりです。

フリーの写真家の場合

 写真家が請求書に書くのは、撮影費+交通費くらいですから、1日の日当=撮影費だと勘違いされてしまっているのだと思います。しかし、請求できる項目が、撮影当日の撮影費だけだとしても、実際には、事前の打ち合わせ、撮影後の現像作業、書類などに関する事務作業、受注するまでの営業活動などが含まれます。これらを考え合わせると、1日の撮影に関して、2日〜3日程度の作業が、撮影とは別に必要だということになります。また、これ以外にも宣伝費、賃貸料、水光熱費、機材の購入費などの経費が加わります。

妥当な撮影費とは

 それぞれの立場の違いを把握した上で、撮影費について考えると、写真家の1日分の撮影費は、会社員の方の日当の3日分〜4日分というのが、妥当なところだと思います。Aさんのように、会社員の日当が4万円であるとするならば、写真家の1日の撮影費は12万円〜16万円ということです。写真家が独立したばかりで何も実績がなければ、会社員で言うところの新入社員ですから、仮に新入社員の日当(年収400万円÷200日)2万円だとすれば、その3〜4倍ということで、6万円〜8万円くらいが妥当な金額になると思います。また、写真家が実績のある人物であれば、社長や役員クラスの年収が対象になると考え、それが2000万円であれば、同様の計算で30万〜40万となります。また、「撮影〇〇氏」のように、撮影したこと自体が宣伝文句に使える場合、もしくは特定分野のオンリーワン、ナンバーワンの写真家であるような場合は、付加価値がつくことになりますから、さらに金額が上がってゆくと思います。
 この計算方法は、私の考えであって一般的ではないかもしれません。また、私自身も独立したばかりの頃は、実績を積む必要がありましたから、安い金額で請け負っていたこともあります。また、今でもお客さまの予算によって対応させていただいていますから、必ずしも上の金額通りではないこともあります。ですから、こんな考えもあるんだ、程度にお考えください。

撮影費とは、お客さまが考えている写真や写真家に対する価値

 高いと言われてしまうのには、別の理由もあると思います。お客さまが考えている写真や写真家に対する価値観によるものです。

依頼主が価値を見出していない場合

 見積書が高いと言われてしまうのは、そもそも依頼主が、写真に価値を見出していない場合があります。最近では、少しずつ変わって来ましたが、写真撮影の必要性を感じていない人は、珍しくありません。「写真なんか写ってればいいんだよ。」とか「誰が撮っても一緒でしょ」と思われている場合もあります。これからを生き残るには、企業であっても個人であっても、ブランディングや認知度向上が重要であり、そのためには、質の高い写真が必須だと考えられている、今…。残念です。

撮影者に問題がある場合

 「好きを仕事に」という言葉を見かけることの多い時代ですから、撮影の敷居が低くなれば、「写真を撮るのが好きだから、撮影の仕事をしています。」という人は、どんどん増えて来ます。好きだから写真家をやっているという人は、昔からいらっしゃいますが、それは、撮影に技術が必要であり、カメラの所有が一部の人に限られた時代だからこそ成立していたにすぎません。これを読んでカチンと来る方もいらっしゃるかもしれませんが、今は、「撮影、出来ます」と言えるまでの条件や環境が、昔とは全く違うのです。これは、時代の流れですから、どうしようもありません。もちろん、撮影が好きという動機は、写真家にとって必須な動機だと思います。でも、それだけでは、依頼主は見積書に納得しないでしょう。
 東日本大震災が起きた時、被災した人やその関係者、感受性の強い人、クリエイター、このような方たちは、それぞれの立場で自分に何が出来るのか考えたはずです。それは、自分と社会との関わりを見つめ直すことでした。そして、今回の新型コロナウィルスです。今回は、世界規模の問題ですから、震災の時よりも当事者意識を持つ人が多くなります。当然、自分と社会との関わりを考える人も増えてゆくでしょう。特に若い人の仕事に対する考え方、価値観は相当変わってくるはずです。「自分の仕事を、社会に役立てるには、どうすればいいのか。」そして、その思考は、自分に対してだけでなく、周囲にも及びます。写真家も例外ではありません。そうなった時に「好きだから撮ってます。」と言う写真家の持って来た見積書に、納得できるかどうか。
 今後を想像すると、写真家になった動機や撮影している理由をきちんと伝えられない写真家は、芸術家としては成立するかもしれませんが、見積書が必要な職業としては難しくなって来るように思います。

最後に

 今回の記事は、「フリーランスのギャランティーは、会社員の半分」であるかのような話が出たことから、危機感を感じて書き始めました。ところが、書いているうちに、自分自身も撮影費の根拠をきちんと説明して来なかったことを思い出しましたし、写真を発表した時の広報効果について、積極的にアピールして来なかったことにも気がつきました。フリーランスがなめられているのは、自分にも責任があったのです。「写真で勝負!」と考えるだけではなく、写真の価値を伝える努力をしなければ、私を含め、フリーランスの社会的地位は、向上しないんだと思います。この新型コロナウィルスの騒動が収まった後の世界では、物事の価値観が大きく変わっているはずです。それを見据えた上で何をするべきなのか。今、この時間で考えければいけないのだと思います。

 ところで、冒頭で紹介した「君のギャランティーは、僕の日当より、かなり高いよね。」と言った方。この方は後年、「あの時は、失礼なことを言って申し訳なかった。」と謝ってくださいました。これは、たまたま考え方に柔軟性のある人だったことと、写真が第三者に評価された偶然が重なったからですが、そのような偶然に頼っているだけでは、いけないんですね。

 以上、写真家 西澤丞の悪戦苦闘でした!