なぜ、福島第一の廃炉作業を撮るのか?
私は、2014年から福島第一の廃炉作業を撮影しています。今回は、福島第一の廃炉作業を撮るようになった動機や理由を書いてみようと思います。
廃炉作業、撮影の動機
誰も撮らなかったから
撮影するようになった最大の動機は、「誰も撮らなかったから」これに尽きます。
東日本大震災が起きた時、自分に何ができるだろうと思った方は多いと思います。私も思いました。ただ、当時は、この現場を自分で撮るという発想は、ありませんでした。東京電力をはじめ、国や報道機関など、自分よりもふさわしい人が撮ると思っていたからです。でも、誰も撮らない。事故が起きてから時間が経っても、出てくる写真は現場の人が撮ったと思われるピンボケだったり、何が写っているのかよくわからない写真ばかり。そのような写真ばかりを見せられてしまうと、「そんな写真しか撮れないような過酷な現場なのか?」と益々不安になってしまいます。それで、こんなんじゃダメだと思って、事故が起きた2011年から2年経った2013年に、自分が撮影する前提で東京電力に記録撮影の企画書を出しました。そして、そこからさらに1年かけて交渉し、2014年から撮影を始めたのです。
事故の前にも電力設備を撮っていたから
「自分の使っている電気は、どこから来ているのか?」という素朴な疑問があって、事故のあった2011年よりも前の2005年から福島第二原子力発電所を始めとした火力発電所や送電線、変電所などの設備を撮影していました。ですから、廃炉作業の撮影を誰もやらないんだと悟った時、これは自分がやるしかないと勝手に使命感を持ってしまったのです。事故以前に電力設備を撮っていなければ、おそらく、この現場を撮影することは、なかったと思います。
撮影の目的
撮影する必要があると考えたのは、写真を撮ることでしか解決できない問題があると思っていたからです。
不安の解消
人は、よくわからないものに対しては不安を抱きますが、きちんと説明することで不安が解消したり、時には理解してくださることもあります。この現場は、ただでさえ不安を与えている現場ですので、きちんと情報を発信することは、作業を進めると同じくらい重要なことだと思っています。その際、専門用語を使った長ったらしい文章や数字がいっぱい並んだ資料を提示するよりも、現場の様子がわかる写真をご覧いただいた方が、よっぽど伝わりますし、そのことによって根拠のない不安からくる風評被害などが緩和されるのではないかと思ったのです。
記録を残す
この廃炉作業は、今後、30年〜40年かかると言われています。つまり、事故が起きた時の現役世代だけでは、終わらせることができず、次世代に引き継いでいただかなければいけません。ですから、引き継いでいただく際に、事故を起こしてしまった世代の最低限の責任として、きちんとした記録を残しておき、「申し訳ないけれども、後をよろしくお願いします。」とお願いするべきなのだと思っています。「今、こうなってるから、後、よろしくね。」では、あまりにも無責任です。
最後に
この現場は、世界が注目し、不安を抱いている現場でもありますから、日本の責任として、世界に対して情報を提供し、説明する義務があると思っています。私には写真を撮ることしか出来ませんが、現場の様子を少しでも伝えてゆきたいと思っています。
以上、写真家 西澤丞の悪戦苦闘でした!