現場の空気感を伝えるために写真家が実践してる七項目。

はじめに

 過去記事「伝わる写真の撮り方。カメラを構える前の写真家の思考とは。」では、撮影する前の心構えを書きましたが、こでは、被写体を探している時やファインダーを覗いている時に考えていることを書いてみます。

1、言葉を越えたわかりやすさを求める。

 誰かに何かを伝えようと思った場合、何よりも必要になるのは、理屈や説明ではなく、子どもにもわかるような、わかりやすさです。そのためは、よく言われるように、画面の中の要素を減らして伝えたいことだけにするのも大事ですし、「大きい」とか「きれい」などの言葉で形容されるわかりやすい被写体を選ぶことも大事です。子どもにも通じる写真を撮ることが出来れば、その写真は、言葉の壁を超えますから、世界に通用する写真になります。具体的な例を挙げてみましょう。

首都圏外郭放水路の調圧水槽、TIME誌での掲載例

 TIME誌に掲載された例です。被写体は、首都圏外郭放水路の調圧水槽です。撮影時は、水蒸気が上がっていて幻想的でしたが、そのままではCGのようにも見えてしまい現実味が乏しいと思いましたので、作業員さんに点検作業をしてもらいました。画面に人物が入ったことで、現実味が増し、大きさも伝わったと思います。また、構図をシンメトリーにすることで、規則性から外れた存在である人物に目線が行くようになっています。撮影日:2004年9月

ニューヨークのギャラリーで写真を展示した時の様子。

 ニューヨークのアパチャーギャラリーで写真を展示していただいた例です。福島第一原子力発電所の廃炉作業を撮影した写真が評価されたことにより、WeTransfer社の支援による企画展として実現しました。廃炉作業の写真に加え、震災前の福島第二原子力発電所と震災後の福島第一原子力発電所の周辺地域を撮影した写真を展示しました。廃炉の写真は、中立性をどう保てば良いのか悩みながら撮影していましたので、ニューヨークのお客さまから「ニュートラル」などといった感想をいただけたことで、安心するとともに、私の撮影意図が言葉の壁を越えて伝わったことを実感しました。

ニューヨークのギャラリーで展示した写真

 廃炉の現場では、事故当時の報道で流れていた全面マスクを着け白い防護服を着た姿が強烈な印象だったため、多くの人がずっとその姿で作業をしていると思い込んでいました。ただ、実際には、この写真を撮影した時点でも9割くらいの場所では簡易マスクで作業出来るようなっていましたので、それを知って欲しくて作業員さんが現場から戻ってくるシーンを撮影しました。背景には、福島第一だとわかるようにタンク群を入れ、さらに満開の桜を入れることで多くの人に見てもらえるようにしてあります。 撮影地:東京電力福島第一原子力発電所 撮影日:2016年4月 撮影協力:東京電力ホールディングス株式会社  

2、当事者目線で撮影し、写真の世界に入ってもらう。

 旅行などで写真を撮る時に、通りすがりの旅人の視点で撮るのか、それともその地域に溶け込むような形で撮るのかの選択を迫られることがあると思います。撮影意図やスタイルにもよりますので、どちらが良いということではありませんが、当事者になるくらいまで踏み込んだ写真の方が説得力のあるものになります。工場などを撮影する機会が多い私は、外から撮るよりも中に入って撮るのが好きですし、見学コースから撮るよりも作業員さんと同じ目線で撮るのが好きです。離れた場所から撮った写真、特に外から撮った写真は、傍観者の視点となってしまいますから、写真を見た人が感情移入出来ないのです。写真の世界にすっと入っていただくには、当事者の目線で撮る必要があるのです。安全には、最大限配慮しなければいけませんが、人が普通に仕事をしている場所であれば、安全教育を受けるなどの段取りを踏めば、それほど危険ではありません。

傍観者の視点を説明するための写真。

 製鉄所を外から撮影するとこんな感じです。まあ、製鉄所だなって感じです。

当事者の視点を説明するための写真。

 製鉄所に入れてもらって、高炉の上から全景を撮影するとこんな感じです。上の写真との違いは、説明不要でしょう。撮影地:JFEスチール株式会社 撮影日:2015年10月

傍観者の視点を説明するための写真。

 製鉄所のロケハンで撮影させていただいた写真です。ロケハンですので、見学通路からの撮影です。人が写っていますので、工場の大きさは伝わりますが、私が撮りたいと思った機械の迫力は伝わってきません。撮影地:JFEスチール株式会社 撮影日:2015年8月

当事者の視点を説明するための写真。

 これは、後日、機械の近くまで行って撮らせてもらった写真です。この機械の造形が面白かったので、それを伝えたくて、どうしても近くから撮りたかったのです。ちなみにこれは、圧延機のロールを交換している時の写真です。中央の穴のようになっている部分に新しいローラーが入ります。撮影時、奥が暗すぎたので、案内してくださった方にライトで照らしていただきました。今のカメラなら、懐中電灯程度の照明でも十分に効果があります。撮影地:JFEスチール株式会社 撮影日:2015年9月

3、緊張感のある画面にし、視線を逃さない。

 写真の撮影意図にもよりますが、見た人に振り向いてもらいたい、記憶に残るような写真を撮りたいと考えるのであれば、画面の中に緊張感が必要です。具体的にどうすればいいのか文章では伝えにくいのですが、画面の中のバランスと言い換えてもいいのかもしれません。画面の中に緊張感を持たせることにより、写真から目が離せなくなります。

写真画面の中の緊張感を説明するための写真。

 霧が出ていることや建設中のアンテナの造形の面白さに目がゆく写真ですが、撮影する時に一番先に決めるのは、左側の余白です。その次が、画面の上下左右をどこまで入れるかなど、画面全体のバランスの取り方です。どこかのバランスが崩れてしまうと、視線が、そこから逃げてしまいます。撮影地:三笹深宇宙探査用地上局 撮影日:2018年10月

4、メインの被写体に視線を誘導する。

 メインの被写体が、何なのか、写真を見る人に対して、きちんと理解していただくことが重要です。私が行く現場では、背景がごちゃごちゃしていることが多いですし、広角レンズを使うことも多いので、背景をぼかすにしてもかなり不利な状況になっています。そのような時は、明度差を利用することになります。一番コントラストの強い部分がメインの被写体になるようにするか、被写体が明るいのであれば、背景に暗い場所を選び、被写体が暗ければ、背景を明るくするといった具合です。その場合、メインの被写体が人物であれば、そのシルエットがとても重要になってきます。人物の撮影では、表情にばかり注意が向いてしまいがちですが、シルエットも非常に重要です。色で分離する方法も有効ですが、色で分離している写真は、白黒にした時に分離しなくなってしまうこともありますので、出来れば避けたいところです。雑誌に写真が掲載される時には、白黒のページということもありますから。

写真の主役を目立たせるために重要な視線の誘導について説明するための写真。

 工事現場で働く作業員さんを撮影しようとしたのですが、現場が暗かったために、背景に明るい場所を選び、作業員さんをシルエットで表現してみました。私は演出をして撮影することは、ほとんどありませんから、かっこいいシルエットになるまで、ずっと待ち続けます。撮影地:横浜北西線 撮影日:2010年11月

5、写真の空気感を支配するのは、背景。

 メインの被写体が重要だというのは、どなたでも理解できると思います。でも、写真に限らず、絵でも映画でも、実は、メインの被写体と同じくらい背景が重要なのです。いくらかっこいい被写体があっても、背景に魅力がなければ、1枚の写真としては、弱いものになってしまうのです。モデルさんを撮影する時も、撮影する場所を工夫すれば、いつもと違う写真に仕上がりますよ。

良い写真を撮るためには、背景が大事であることを説明するための写真。

 この写真の場合、作業自体は普通の溶接作業ですし、作業員さんの服装も特別なものではありません。ですが、背景にトンネルを掘る機械が写っていて、普通じゃない感じが伝わってきます。照明も柔らかなものが当たっていて、重厚感を出すのに一役買っています。撮影地:横浜北線 撮影日:2018年9月

6、写真をストーリーで考える。

 私は、写真を撮る時に、目の前の1枚の写真だけを考えて撮ることは、ほとんどありません。1枚だけの写真を発表する機会が少ないからです。写真を発表するときは、写真集や写真展など、かなり沢山の写真が必要になる状況です。仮に写真集を作るとすると、100枚以上の写真が必要になりますが、その時に、1枚ずつを積み重ねてゆく方法では、全体のトーンやテーマを統一出来ないのです。逆に最初から100枚のストーリーとして考えながら撮影しておけば、発表する媒体に合わせて枚数を間引くだけで対応可能です。100枚から1枚を選んでもいいのです。

複数の写真をストーリーで見せることの重要性を説明するための写真。

 写真集を前提にしている時は、こんな感じに構成案を作りながら、撮影済みの写真とまだ撮影出来ていない写真とがわかるようにしています。

7、現場をいじらない、写真もいじらない。

 最近では、撮影した後にソフトウェアで色々な加工が出来るようになっています。でも、加工すればするほど、写真の力は、弱くなってしまいます。撮影する時でも、現場に無い照明を使ったり、作業員さんに普段やらないようなことをやってもらうなど、現場をいじればいじるほど説得力のないものになってゆきます。嘘に近くなるからです。私は、写真を見た人に、現場の雰囲気を伝えたいと思っていますので、出来る限りありのままの現場を撮るようにしています。持って行く照明も懐中電灯程度です。普通に作業をしている環境であれば、それで撮影できない状況は、ほとんどありません。また、撮影後の処理に関しても、コントラストや色の補正など、「調整」の範囲で収まる程度の処理をするだけです。何かテクニックを使うにしても、はっきりそれとわかってしまうような使い方は、興ざめであるばかりでなく、写真の力のひとつである「記録を残す力」を損なってしまうことになります。HDRなどを使った今どきの写真を否定するわけではありません。ただ、今どきの画像処理が前面に出た写真は、ぱっと見の注目度は高くなるかもしれませんが、何年か経った後に見ると、「あの時、こういうの流行ってたよね。」となってしまって、写真の中身よりも時代が目立つ写真になってしまいます。それでは、あまりにももったいないのです。

最後に

 写真を撮る時には、「これ、面白い!」と感じる右脳的な思考と、それを伝えるためにはカメラの設定をどうすればいいのか考える左脳的な思考を同時に働かせる必要があります。もっといい写真を撮りたいと思うのであれば、ハードウェアに興味がある人は、美術などの感覚を磨くと上達が早いと思います。逆に感覚が鋭敏な人は、技術的なことを覚えるのが近道だと思います。そして、撮影の時には、同時に働かせるのです。また、上に書いたように、撮影の時には、やらなければいけないことや考えなければいけないことが沢山ありますので、出来る限り、考えなくても条件反射的に出来るようにしておいて、本当に大事なことに集中できるようにしておくことが大切です。本当に大事なこととは、被写体を観察することや次に何が起こるのか予測することです。まあ、私もなかなかそのようなゾーンに入る撮影にはなりませんけど。

 以上、写真家西澤丞の悪戦苦闘でした!