工場や工事現場を撮影する時の心得
私が撮影に行く現場は、工場や工事現場、研究施設など、一般の人が入れない場所が多く、場所によっては、私の撮影風景を取材に来たテレビクルーでさえも入れないこともあります。今日は、そんな特殊な現場を撮影させていただく時に注意していることや心がけていることなどを書いてみようと思います。
撮影時の注意点
撮影時に気をつけていることは、以下の三点です。
・安全第一
・現場優先
・機密保持
では、それぞれについて書いてみましょう。
安全第一
「安全第一」これは、もう、当然です。ただし、これは自分のためではありません。取材先に迷惑をかけないためであり、今後、取材をする人にも迷惑をかけないためです。撮影中に私の不注意で事故が起きてしまえば、私の撮影に許可を出してくれた人の立場がなくなってしまいますし、取材先のイメージにも影響が出てきます。また、私の後に撮影したいと考える人がいた場合、撮影不可となってしまう理由を作ってしまうことになるからです。
現場では、どこの現場でも共通な基本的なルールがありますから、まずはそれを守ります。「吊り荷の下には入らない」とか「高所作業では安全帯をする」といったことです。「吊り荷の下には入らない」とはクレーンなどで吊り下げる作業をしている場合は、その荷物の下にいないようにするということです。真下はもちろん、転がってくる危険が想像される範囲も含んでいます。「高所作業では安全帯をする」とは、高さが2メートル以上ある場所で作業をする際には安全帯(命綱)をつけるというルールです。以前の安全帯は、腰ベルトにロープが付いているものが主流でしたが、最近では、腰だけではなく、肩や股などに荷重を分散させるハーネス状のものを採用している現場が多いようです。ちなみに命綱の先端をかける場所は、自分の腰よりも高い位置にかけるのがミソです。そうした方が、万が一落下した時の落下距離が少なくて済むからです。
また、服装については、長袖、長ズボンで安全靴を履いてゆきます。ヘルメットは、荷物の総量によって持って行ったり、持って行かなかったりします。実際の撮影スタイルは、以下の写真のようになっています。
現場優先
私は、撮影のために作業員さんに何かをしてもらうということは、基本的にやらないようにしています。現場の作業を止めるということは、それだけ取材先の損失になってしまうからです。もし、どうしても必要であれば、事前に相談し了解を得た上で行っています。もちろん、現場の方が協力的であれば、お言葉に甘えることはありますが、その場合でも「撮影のための演出」はしません。いつもの仕事をやってもらうだけです。演出をしてしまうと嘘っぽい写真になってしまうからです。これについては、後でもう少し詳しく書きます。
また、三脚を畳んだり、何かを待つような時は、出来る限り邪魔にならない場所で行うようにしています。現場の人にとって撮影者なんて、ただの邪魔者にすぎませんので、現場の邪魔になるようなことは最大限慎まなければいけないと思っているからです。
機密保持
現場には、様々な機密があります。それは、ものの作り方であったり、機材の配置であったり色々ですが、それらの機密に関しては、何重にもチェックをしてもらうようにしています。第一段階は、撮影の時です。この時に明らかに機密の部分があって案内してくれる人が把握できていれば、撮影をしません。第二段階は撮影後です。これは撮影の当日にカメラのモニターをチェックしていただく場合もあれば、現像が終わった後でチェックしていただく場合もあります。何れにしても、NGの判断をされた写真は全て削除します。削除するときは、現像しなかった写真も含めて削除しますので、私の手元には、OKをいただいた写真しか残りません。ですから、本格的にデジタルカメラを使うようになって10年くらいになりますが、今まで撮影した写真の総データ量は2テラ以下です。ハードディスク1個分です。(笑)RAWやTIFF、JPGなどの複数の形式で保存していてもその程度で済みますから、バックアップを取るのは楽なのですが、「これは写真集の表紙か!」と思っていた写真でもNGとなることもありますから、そんな時は、ガックリです。でも、データを残しておくと、私がきちんと管理していても盗まれることが有り得る世の中ですから、潔く削除しています。
また、OKをいただいた写真であっても、どこかに発表するような時は、事前に承諾を得るようにしています。第三段階のチェックです。法律で言ってしまえば、著作権は私に有りますので、その都度、承諾を得る必要はないと思いますが、撮影後何年か経ちますと取材先や施設の名称が変るなど状況が変わっていることがあるからです。過去には、撮影後に国の安全基準が変わり、撮影日を記載しないと取材先が不安全行動をしているように思われてしまう写真もありましたから、必ず確認していただくようにしています。その都度、ご確認いただくのは、お互いに手間なのですが、良かれと思って発表した写真が、取材先の迷惑となるようでは、本末転倒ですから、ご協力いただくことにしています。
撮影時の心がけ
現場の雰囲気を伝えることを重視しています。私が自主的に撮影する時は、現場の説明をしたくて写真を撮るわけではなく、現場の雰囲気を写真を見た人に伝えたいと思っています。写真を見た人に、まるで現場に一緒に行っているような感覚になってもらいたいと思っているのです。そうすることによって、被写体となっている現場が、他人事ではなくなると思っているからです。説明するための写真では、他人事としか受け取ってもらえません。撮影する際には、以下の方法で撮影しています。
現場の光を最大限生かす
私は、基本的に撮影時にストロボを使いません。理由がなければ、カバンにも入れていません。今まで出した写真集でもストロボを使った写真は、1枚だけです。ストロボの光は、とても強い光ですので、それを使うと私が伝えたいと考える現場の雰囲気を全て吹き飛ばしてしまうからです。また、人が作業している現場を、今のカメラで撮れば、なんとか撮影できてしまうものです。どうしても照明が足りない場合は、いつも持っている懐中電灯(単4電池1本を使う程度のもの)か現場の照明を借りたりしています。以前は、案内してくださる方がヘルメットにライトを付けていたことがありましたので、「すいません。撮影中、あそこを照らしてもらっていいですか?」とお願いして撮影したこともあります。前述のストロボを使った1枚は、人が作業をしない場所で照明が全くありませんでしたので、止むを得ず使ったに過ぎません。
作業員さんにいつも通りの仕事をしてもらう
作業風景を撮影する時には、「撮影させてください」と声を掛け、その後「いつも通りに仕事をしてください」と伝えます。そうは言っても、声をかけた直後は、皆さん、動きが硬くなってしまいます。そんな時は、作業の様子をしばらく追いかけて行って、私の存在を忘れた頃に撮るようにしています。こうすることによって、かっこいい作業風景を撮ることが出来るのです。
望遠レンズの使用は控えめに
私は、大体、3本のレンズを持って行きます。16−35ミリのズーム、24−70ミリのズーム、70−200のズーム。このうち、一番使うのは、16−35ミリのズームレンズです。狭いところで撮影することが多いというのも理由のひとつですが、作業員さんと周囲の環境を1枚の写真に写し込もうとするとどうしても広角レンズの出番が多くなってきてしまいます。一番出番が少ないのは、70−200のズームレンズです。望遠レンズを使うと被写体との距離が離れてしまいますので、第三者のような視点になってしまうからです。先にも書いたように、写真を見た人が、現場にいるように感じていただきたいと思って撮影をしていますので、第三者のような視点となってしまうことは、極力避けたい訳です。望遠レンズを使う時は、近づけない場所であるとか、圧縮効果が必要になる時などに限られます。
作業員さんと同じ場所で撮る
私が立入禁止の現場に入りたくなってしまう理由、つまり外からの撮影では満足できない理由も、当事者目線で撮りたいからに他なりません。外から撮影したのでは、どうしても傍観者の目線になってしまいます。また、中に入っての撮影が許されたときでも「作業員さんのすぐそばで撮影させてください。」とお願いしています。必ずしも許可がおりるとは限りませんが、事前にお願いしておかないと見学コースからの取材しか許されないなんてこともありますから。
また、私の写真をご覧になった方の中には、「西澤は、わざと人を写さないように撮っている。」と思っておられる方もいらっしゃるようですが、それは違います。実際の現場には、みなさんが思うほど、人がいないのです。以前撮影した現場では、600メートルもある工場で、働いている人は3人なんてところもありました。また、その人たちは機械のそばにいるわけではなく、コントロールルームにいらっしゃいますから、迫力のある機械と一緒に撮ろうと思っても、そう簡単には撮れないのです。また、限られた時間内で、演出なしで撮ろうと思うと、良い背景の前で、作業員さんがかっこいい動きになるのを待つ必要がありますで、時間的なリスクが高くなり、どうしても必要なカットや確実に撮影できるカットを優先的に撮ると、結局、人が写っていないことになるのです。
技術や機材は目立たないようにする
現場の雰囲気を伝えるために、技術や機材の存在は、極力目立たないようにしています。機材は、先のレンズの話からもお分かりいただけるように特別なものを使っているわけではありません。技術に関しては、撮影時にも素直に撮っていますし、現像の時も色やコントラストの調整、覆い焼きや焼き込みなどアナログの時代から可能だったことだけを行っています。やろうと思えば、画像処理ソフトでいろいろなことが出来ますし、いまどきな現像方法もあります。ただ、技術が、それとわかるような形で表に出てしまいますと、写真の内容からずれたところに目が行ってしまいますし、いまどきな処理は、10年後には古臭さだけが目につく写真になってしまいますので、そのようなことは出来るだけやらないようにしています。写真の価値には、「記録を残す」ということもありますので、その価値を自ら下げるようなことはしません。
誰でも撮れる写真だよね
私の写真は、安全を確保した上で撮影していますので、「命がけの撮影」みたいな緊迫感はありません。また、目を引くような画像処理を行っている訳ではありませんから、「現場に行けば誰でも撮れるよね。」と思っている方もいらっしゃるでしょう。私だけしか知らないような特別な技術を使っている訳ではありませんから、それは、ある意味、正解です。ただ、問題は、その現場でカメラを構えられる立場かどうか。その立場になる為には、人生を賭けなければいけないこともある。私の撮影は、そんな撮影だと思っています。
以上、写真家 西澤丞の悪戦苦闘でした!