これからを生きる写真家がやるべきこととは?

 写真家をはじめクリエイターは、何かが起きてしまってからでは、あまりに無力だ。それを、今回の新型コロナウィルス(COVID-19)禍で実感した。誰かを助けられる訳ではないし、おかしなことが行われようとしていても阻止できる訳でもない。黙って見ていることしか出来ない傍観者に成り下がる。ただ、そんな中で、ひとつ気がついたことがある。何かが起こってからでは遅いというのであれば、何かが起きる前、つまり普段の活動の中でなんとかするしかないということだ。

問題なのは想像力

 やらなければいけないことは、何かが起きるような社会を作らないこと。もしくは、何かが起きても対処できるような社会を作ること。もちろん、自分一人で社会なんか作れるわけないので、社会を作るための手助けということになる。今回の件を見ていても、今の日本は、明らかに想像力が欠けている。「自分さえ良ければいい。」というのは、その典型的な例だ。「今だけ、金だけ、自分だけ」とう考えで行動すれば、短期的には、うまく回るだろう。しかし、長期的に見れば、それで日本が沈んでしまうかもしれない。ツケを払うのは、本人ではなく、子どもや孫の世代だ。現役世代の最大の使命が、次世代により良い世界を残すことであるのなら、「今だけ、金だけ、自分だけ」は、あり得ない。想像してみればすぐにわかる事なんだけど、現実はどうだろう。幸い、クリエイターは、想像力も豊かだし、発信力もある。やれることがあるんじゃないか。何かが起きてしまう前に。

もう一歩前へ

 「好きだからやる。」クリエイターなら当然の動機だ。自分もそうだ。面白いと思わなければ撮影なんかしない。ただ、世界を少しでも良くしたいと考えるなら、今よりも少しだけ社会と関わる必要があるんだろう。作品を作る時に、ちょっとだけ社会への影響力を考える。新しい考え方を伝える内容にしてみる。創作の楽しさを伝える。なんでもいい。作りたいものが娯楽作品であっても、メイキングやインタビューでビジョンを語ることはできると思うし、作品として表現できなくても、注目度を生かして別の活動で実現させることだってできるはずだ。与えられた能力を自分のためにしか使わないなんてもったいない。
 社会と関わることは、クリエイターにもメリットがある。クリエイターがきちんと社会と関われば、当然、クリエイターの社会的な地位も上がる。「自分勝手に好きなことをやってるだけの人」ではなくなるからだ。クリエイターが社会と関わることで、社会もクリエイターを認めてくれるのだ。

何かに反対するだけでは、社会は変わらない。

 クリエイターは、「伝える力」を持っている。それは、使い方によって、良くも悪くもなる力だ。敵意や憎悪、不安や恐怖を煽れば、売れるだろう。いっときの憂さ晴らしになるかもしれない。しかし、それでは、負の連鎖を呼ぶだけで誰も幸せにすることはできない。また、誰かの批判をすること、何かに反対することは簡単だ。誰でも出来る。意見を言うことは重要だが、反対や批判だけをするのは、クリエイターがやるべきことの本筋ではない。過去には、何かに反対することがクリエイティブだと思われていた時代もあったが、それでは何も変わらない。世界を変えるために必要なのは、新しい考え方であって、それを示すことこそが、現代のクリエイターのやるべきことだ。

社会を変える一番の近道は、教育を変えること

 究極のクリエイティブは、おそらく次世代の人材を育てることだろう。すでに世界では、前例のないことばかり起こっているし、AIだって後ろから追いかけてくる。今まで優秀だとされてきた事務処理系の人材が、役に立たない人材になってしまうのは、目に見えている。これから必要とされるのは、柔軟な発想で新しい道を切り開くことができる人材だが、今の学校教育では、そのような人材を育てるのは難しい。教える人がいないし、そもそも、そういう人材を育てることを目的にしていないから。であれば、想像力のあるクリエイターが、作品を通して、次世代を導いて行くしかない。

最後に

 こんなことを書いていながらも、自分が何か出来ている訳じゃない。「あんたに何が出来るの?」という声も聞こえて来そうだ。多くの人が言うように、個人に出来ることなんて、たかが知れてる。でも、個人が変わらなければ、社会なんて変わる訳がない。自分に出来ることは何なのか。全ては、考えるところから始まるんだと思う。

 以上、写真家 西澤丞の悪戦苦闘でした!